タイトル:持たない幸福論
作者:pha
出版社:幻冬舎

京都大学卒、日本一有名なニートpha氏の著作。
氏の著作は3冊読んでいるが、これが一番最初に読んだものだ。
自分が漠然と考えていたことを、文献の引用や氏の実践しているライフスタイルを交えて低いテンションで、だが整然と整理して展開してくれた。
会社や組織で働くことや、親世代との会話に困難や憤りを感じる方は一読する価値はあると思う。
他のところでも言われているが、氏は自分で生活費を得ているので、ニートというよりは熱心に働いていないフリーランスだと思う。 

○世間一般で言われている「幸福」はせいぜいここ数10年の間のトレンドであり、現代(とこれから)にフィットしているかは疑わしい
○古い世代の価値観に無理に合わせようとして、生き難さや無力感を感じる必要はない
○自分の幸福は自分で定義しよう

私の理解した要旨はこんなところだ。
個別の視点で参考になったものを以下に挙げる。

総論:
・合わない場所からは逃げていい。
大切なのは「社会で孤立しないで他者との繋がりを持ち続けること」
「自分が好きで充実感や幸福を感じられるアクティビティを見つけること」の2点
・規範意識の圧力という点で言えば、今は昔よりもだいぶ多様な生き方がしやすい。
高度成長期やバブル期の方が一様な生き方に対するプレッシャーが強かった
・人間はみな限られた時間と空間のなかで、他人から見たら取るに足らない詰まらないものを大事にしながら生きている

家族:
・家族は閉塞的なコミュニティである。
「家族の絆」は女と特権階級以外の男を家庭に閉じ込めることに対して便宜的に(あるいはルサンチマンから?)プラスのイメージを与えたもの。
・人間は自分が子供の時に育った環境を普遍的なものだと思ってしまう。
その考えは歴史的な文脈(せいぜい数十年のトレンドであるという点)や、同世代間の多様性(幸福な家庭も不幸な家庭もあるという点)を捨象しているので無視していい。
・愛情によって結ばれた夫婦とその子供 は1950年代から60年代にかけてのトレンド。
その時期は95%が結婚する社会だったので、均一性も高かった。
・閉鎖的なイエから家族への転換は、自営業者主体の労働環境からサラリーマン主体の労働環境への転換による家督相続の必要性の低下と繋がっている。
・「家族」は人を「イエ」と「ムラ」のしがらみや理不尽から解放したが、家族内の問題は家族内で解決するというタフな責任論を作った。
それがDV、介護、育児といった文脈で制度疲労を起こしている。
・理想の家族像を高邁なものにして、ハードルを上げない。
生き方の一つ、くらいにとどめる。

お金:
・人生の時間軸を横に倒す(40年働いて20年老後ではなく、60年のうちに3日働いて3日休むとする)。
・自分の価値観をはっきりする。
メディアは消費するよう煽るし、自分の優位性を主張しようとして批判してくる人間もいる。
真に受ける必要はない。
⇨批判のための批判は何に対しても可能だ。
これを端的に表した絵を以前見た。
老夫婦がロバと歩いている。
二人でロバに乗るとロバがかわいそうだと非難され、爺さんだけロバに乗ると婆さんがかわいそうだと言われ、婆さんがロバになると爺さんがかわいそう、二人とも降りて歩くとあいつらはロバの使い方も知らない馬鹿だと言われる。
また、同じ人間が、専業主婦を「楽そうで羨ましい」と揶揄する一方で、共働きの人を「子供がかわいそう」と批判することもある。

居場所:
・居場所を一つにしない、苦手な人とは繋がらない、人の流動性を保つ、自分が主宰する
・人の悪口は言わない「プライドを保ったり団結を保つために外部の敵を攻撃する」ことを避ける。
そうやって作ったつながりは閉塞感が出る。