タイトル:色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
作者:村上春樹
出版社:文藝春秋

村上春樹氏の比較的新しい作品だ。
単行本が出版されてすぐ読んだのだが、出版年を確認するため奥付を見返してみると、2013年4月15日第1刷刊行とある。
まだ新しいと思っていたので、出版からちょうど3年たっていることにショックを受けた。

過去に仲間たちから突きつけられた別離の真相を追う物語だ。
それは、過去の自分、今の自分、自分から離れた後の仲間たちをつけあわせ自分を再構築することでもある。
もっとも、その過程で劇的に何かを得てドラマティックな大団円を迎えるわけではないあたりは村上氏の作品らしい。

狙ってのことか先に物語があってのことかは分からないが、これまでの作品と比べると主人公が現代的な印象を受けた。
もちろん、本作の主人公の「多崎つくる」も、体を鍛えている、考え方が少し変わっている、女と寝る、という点で何処かで見たようなステレオタイプなハルキッシュな主人公だ。
ただ、人とのコミュニケーションに苦手意識があるというか、踏み込むのが苦手な感じである。
設定上の必然からかもしれないが、関係の中で相手を傷つけることと、自分が傷つけられることを恐れている。
自分に自信がない、と正直な感情を吐露する場面もある。
この点が現代的に感じられた。そして親近感が湧いた。
そういえばこの感想は、最初に読んだ当時、私が熱を上げていた人と話したことだった。

また、評論家の伊藤洋一氏がラジオの中で本書の紹介をしていて言及していたのだが、舞台も現代になっている。
主人公の高校時代の友人の足跡をたどる場面があるのだが、主人公のガールフレンドがWeb上の情報やSNSを駆使して探し当てるくだりがある。
「私たちは基本的に無関心の時代に生きていながら、これほど大量の他所の人々についての情報に囲まれて生きている。それでいてなお、私たちは人々について本当には何も知らない。」

人物としては、名古屋で実業家をしている旧友の一人が興味深い。
カラマーゾフのイワンのような、人間的なニヒリスト。
「大学に入って初めて自分は学問に向いていないことに気付いた。
会社に勤めるようになって初めて自分がサラリーマンに向いていないことに気付いた。」 
「世の中の大抵の人間は他人から命令されそれに従うのに抵抗を覚えない。
文句を言うが本気じゃない、ただ習慣的にぶつぶつこぼしているだけだ。
自分の頭で考えろ、責任を持って判断しろと言われると混乱する。」

最後のほうでエリが、
あなたは仕事をして自分で生計を立て納税もしている一人の立派な市民だ。自信を持っていい。 
というような趣旨のことを言う。
自分の日々の生業を、もっと誇っても良いのかもしれない。