タイトル:チェーン・スモーキング
著者:沢木耕太郎
出版社:新潮社(新潮文庫)

先日帰郷した折に読み返してみた。
たぶん、10年前に読んだ本なのだが、全く中身を覚えていなかった。
唯一覚えていたのが、後書きで語られていたタイトルの由来についてだ。
この、タイトルにはあまり意味はなく、沢木氏をはじめ本書に関わった人間は皆タバコを吸わないとのことだ。
言葉の響きと、煙草を吸わない人間達が『チェーン・スモーキング』というタイトルの本を作るというひねくれた行為に惹かれたと書かれている。
確か、『深夜特急』でも東南アジアか中東のあたりで、「煙草持ってないか」と聞かれて「吸わないんだ」と答えるシーンがあった。

わざわざ紹介しておいてなんなのだが、基本的に毒にも薬にもならないならないエッセイ集だ。
ただ、テンポの良い文章と、なんでもないような出来事・物事を切り取ってまとまりのある文章にに仕上げる技量は著者ならではである。
2篇について触れたい。

◯タクシードライバー東京編

乗り合わせたタクシードライバーとのエピソードで話が進んでいく。
その中で、あるタクシードライバーの
「子は3歳までにの可愛さで、親への恩は返している。そのあとのことで親孝行だの親不孝だの言う筋合いは無い。」
という言が出てくる。
以前に、友人が別の知人から聞いた話としてこれと同じ趣旨のことを言っていて、「どこかで聞いたことがあるな」と、その時は思った。
私も忘れていたのだが、読み返してみたら本書であった。
どうやら大本の出典はこのドライバー氏ではなく、安部譲二氏の「塀の中の懲りない面々」という小説であるとのこと。

なお、私自身はタクシーは滅多なことがない限り乗らない。
一番の理由はケチだからだ。
お金が節約できるのであれば、歩くのも電車で立っているのも苦ではない。
行き先を伝えるのが面倒だというのも大きい。
電車やバスにのるときにも行き先を伝えなければならないとしたら、もっとタクシーを使うかもしれない。
会社の忘年会等で会場に行くときも、タクシーは苦手なので電車で行く、と言って単独行動をしている。
こう言えるようになってからすごく楽になった。

◯君だけが知っている

書物の冒頭の献辞への疑問から論が展開する。
私も常々、「なんでまた誰も彼も、本を書くと誰かに捧げたがるのかね」と疑問だった。
本邦では、これみよがしに冒頭に載せるよりも、まえがきやあとがきの最後に、執筆に関わった人に謝辞を述べるものが多いように思う。
編集者や意見交換を行った相手の名前を挙げて、最後に家族へとする紋切り型が多いように思う。
Who knows why?