疲労困憊、睡眠不足、そんな状況でも眠りにつけない、または眠りたくない時がある。
理由はひとえに、眠ると明日が来てしまうからだ。
明日を恐れる人間は眠りを恐れる。

ひとたび朝が訪れると何が起こるか。
自らを縛る鎖、目覚まし時計と携帯電話のアラームが鳴る。
心地よいまどろみから強制的に目覚めさせられ、自分が地獄にいることを実感する。(※1)

始業時間の2時間前には目覚ましをかけてある。
目は覚めるものの、体が全力で起き上がることを拒否する。
天井を見つめ、もう一度眠りに落ちたいという誘惑と寝過ごすことを恐れる気持ちがせめぎあう。
テレビを付ける気は起きない。
憂鬱な気持ちと眠気と今日これから起こることへの緊張と不安と憤りがせめぎ合う。
音楽があれば気持ちが晴れるだろうか。
しかし音楽を再生することすらこの時には重労働だ。

1時間あまりが過ぎ、時間が無くなると、仕方なく起き上がる。
一日の中で一番労力を使う瞬間だ。
毎日訪れる、アポロの宇宙飛行士より精神力を要する一歩だ。
顔を洗い、髭を剃り、小便をし、着替える。
時計を見ればかなりギリギリな時間、早足で駅に向かう。

人の波に乗り満員電車に乗り込む。
臭い、痛い、暑い、気持ち悪い、痴漢冤罪が怖い。
事務所に着く頃には疲労困憊。
上半身を20度位傾けながら席につく。
まだ絶望の一日は始まったばかりだ。

ニーチェのツァラトゥストラの第一部に、眠りに関する説法を解く賢者が出てくる。
日中に10回我慢し、10回自分と仲直りし、10回真理を見つけ、10回笑って陽気になる。
眠るときは日中にあった40回について考える。
徳を積むことが眠りをもたらすと言う。
バカな、バカな、バカな。
人間が起きてからの十数時間の間に、そんなことがあるもんか。
我慢して我慢して我慢して、自分の妥協とそれを強いる他者が許せず、真理など見えず、あるのは愛想笑いだけだ。
超人であるツァラトゥストラは賢者を嗤う。
だが超人でない私はただただその無神経に苛立ちを覚える。

フィクションであれノンフィクションであれ、労働者を描いた文章に自分を重ねてしまう。
『灰色砂漠の漂流者たち』、『苦役列車』、『土曜の夜と日曜の朝』、
登場する人びとの多くは、労働を心底嫌い、憎んでいた。
彼らも明日が怖いのだろうか。
私が臆病なのだろうか。

※1.ニコニコ動画にあった「新社会人応援動画」というMMDのムービーで出てきた言い回しだ。頭に残る。





苦役列車 (新潮文庫)
西村 賢太
新潮社
2012-04-19