~差し支えなければ前編もご覧ください~


映画の話をすると、2時間の尺に収まるエンターテイメントとしては申し分のない出来だったと思う。
ただ、用語の説明はあったものの、全く前提知識が無いと映画だけ見てもついていけない場面は多かったと思う。
例えば、映画の中でCDSは「保険」のようなものと説明されたが、それだけだとチャーリーとジェイミーが投資銀行とISDAを結びたがっていた場面とつながらない。
「保険」のようなものという説明は凄く正しいのだが、取引としてはOTCデリバティブだからISDAが必要なのだ。
あと、何を考えて映画の邦題の「マネー・ショート」にしたのかがイマイチ分からなかった。
「ショート」が空売りだと相場をやってる人以外には分りにくいというのであれば、小説とおなじ「世紀の空売り」で良かったのではないか。
マネーショートだとお金が足りないみたいだ。
確かに危機の発生後には世界中の金融機関でお金(自己資本)が足りなくなったのだが。。。

私見としては、証券化それ自体は優れた仕組みだと思っている。
本来は、貸手が返済までホールドすることになる債権を集めて証券にすることで、リスクが許容でき、リターンを欲している投資家に移転することが可能になる。
本邦の民法では債権譲渡の債務者への対抗要件は通知と承諾とされており、証券化せずとも債権の譲渡が可能なのが原則だ。
ただ、債権を集めて債券にすることで、債権のままよりも譲渡が容易になり、機関投資家の求めるだけのサイズとが実現できるほか、一応の借手の分散が可能になる。
リスク・リターンの配分が最適化されれば、貸手は融資基準を緩めたり金利を低くすることができるようになるので借手の利益になる。
ジャンクボンドの帝王マイケル・ミルケンがハイイールド債を創りだしたのも、中小企業と大企業の資金調達条件の格差に対する義憤があったからであるとも言われている。
それ自体が新たな資金の流れを生まなくとも、リスクを再分配するための手段になりえるのであれば、その仕組は有用だと考えている。
ただ、証券化商品の組成・販売の段階で投資銀行はかなりの手数料を抜くことが出来たので、単なるリスクの移転の用途を超えて組成・販売を拡大させるインセンティブが生まれた。
また、オリジネーター(最初の貸手)も借り手から取ることが出来る手数料が高く、証券化商品にするための引き合いが強いハイリスクかつハイイールドのローンに傾倒していくことになった。
結局のところ人間の欲望に際限が無いことが、クライシスが発生する一番の理由なのだろう。

以下、覚えておきたい事項
・一度も会ったことが無いが懐かしさを覚える名前が何人か出てきた。
金融危機時に銀行株担当のアナリストだったメレディス・ホイットニー、ウォーレン・バフェットの伝記「スノーボール」の著者であるアリス・シュローダー。
皆がオッペンハイマーでアイズマンと関わりがあったことが興味深い。

・サブプライムモーゲージ担保証券の買い手またはCDSプロテクションの売り手
AIG-FP(フィナンシャル・プロダクツ)が2000年代中盤まで、様々なクレジット商品のCDSを売っていたことが書かれている(2008年にAIGがどうなったかはご存知のとおりだ。)。
また、債券自体の買い手としてドイツの州政府、日本の小規模金融機関、債券ファンドなどの名前も出てくる。
いずれも格付けを頼りにしていたということは共通している。
ここに入りきらなかった分を、↓のCDOに組み込んだり、在庫として投資銀行が抱え込んだりしたのだ。

・CDO
当時もとても話題になっていた。
モーゲージ担保債の売れ残りのトランシェをかき集めて二次証券化商品を作ると、名目上は構成物が分散されるので、最初の売れ残りのトランシェよりも高い格付けになる理屈がまかり通っていた。
二次証券化証券をスクエアード、三次証券化商品がキューブと呼ばれていて後述するオルトA同様名前だけはすごく格好良い。
ただ、CDOの中身は別の債券の売れ残りのトランシェだけではなかった。
マイケル・バーリのファンドが購入したモーゲージ債のプロテクションは、ファンドが毎期保険料を売り手に支払うことで、債券の価格下落時の補填を得るものだ。
この取引で、プロテクションの売り手側は、保険料(=金利)を受け取り、債券価格毀損時の買い手への支払い(=債券価格下落による損失)を負うことになるため、対象のモーゲージ債をロングしているのと同じ経済効果となる。
このCDSプロテクションの売り手としての地位をCDOに移転することで、CDOの構成要素を増やし、自分のポジションをヘッジすることができる。
このように、CDSの売り手がポジションのヘッジ先としてCDOを使っていたことは理解できていなかった。

・格付会社の闇
格付会社の至らなさへの批判が結構辛辣な言葉で書かれている。 
→格付会社は自分で証券化商品の評価モデルを持っておらず、投資銀行が作ったものを使っていた。
→投資銀行出身のヘッジファンドマネージャーいわく、「投資銀行に就職できなかった連中が格付会社に就職する。」
→格付会社内の地位は企業クレジット担当のアナリストが一番上、次はプライムのモーゲージ債のアナリスト、最後にその他の証券化商品を見る人達。
→投資銀行の社員は、大物は3千ドルのイタリアンスーツ、下っ端はビジネスカジュアル。格付会社の社員はJCペニーで買った地味なスーツを着ている。

アイズマンは言う「本来であれば格付会社のアナリスト以上に大きな仕事ができるアナリストはいないはずだ。だが金銭的に恵まれていないので、覇気がなく、弱気だ。誰もがうらやむエリート職であるべきなのに。」
発行体からの依頼で発行体の費用負担のもとで格付けを付与するという凄く難しいビジネスなのは確かだ。

・オルトAってなんやねん
Alt-Aの住宅ローンとは、「プライムとサブプライム中間的な条件のローン」のことと当時のニュースでは注釈が入っていた。
当時は、ほーんそうなんか、くらいに思っていた。
本書によると、また、Alt-Aも収入証明が不要のサブプライムと大差ないローンであるとのことだ。
また、FICOスコアの並びはプライムとサブプライムの中間でも、水準としてはサブプライムもAlt-Aもそもそも住宅ローンの完済が見込めないようなFICOスコアであるとのことだ。

・歴史的には米国の平均住宅価格と平均年収の比率は3対1だった。
2004年後半にはこれは4対1になる。
地域別に見るとロサンゼルスが10対1、マイアミが8.5対1。
本邦では、東京カンテイが行っているマンション価格に関する同旨の調査がある。
2014年版の数字では、全国平均7.17倍、首都圏9.68倍、東京都10.61倍である。
新築かつ戸建てを含まないなのでベースは違えど、ロサンゼルス並である。
マイナス金利の導入で足元では一層加速していると思われる。 
ただ、ヒストリカルに見ると、バブル華やかなりし頃には18倍程度まで拡大しており、デフレの90年台でも6-7倍はあった。
今後更に拡大するのか、はたまた下落余地が大きいのかはなんとも言えない水準だ。