前編中編からの続き~

◯マイクロ法人の活用あるいは社会保障制度という黄金の羽根
マイクロ法人の項で、法人を活用した税負担と社会保障負担の最適化について書かれている。
この話題は氏の別の著作である『貧乏はお金持ち』に書かれていることとだいたいかぶるので、興味のある方はそちらの記事も読んでください。
ここでは本書で触れられている、社会保障費によるサラリーマンからの収奪について述べる。
給与所得の源泉徴収は会社の人事部を徴税官吏として使役する日本独自のシステム。
税制に関する大衆の無関心を作り上げるデバイスとなっている。

・年金について
厚生年金が国民年金より有利だった時代はすでに終わっている。
国民年金は未納率4割を超える破綻した制度だが、厚生年金は1階部分を国民年金と共有している。
社会保険料は年々上がっている。これでは減税措置や賃金の上昇があっても可処分所得が増えない。
親世代の価値観だと、厚生年金は企業の拠出があるので有利だという。
だが、この企業の拠出する厚生年金保険料は、そのような制度が無ければ賃金として労働者に帰属するものなので、その考え方はおかしい。
企業から見た総コストは正社員の方が高いにもかかわらず、派遣社員や業務委託のコストと比べてサラリーマンの給与が安いのは、まさにこの部分が本人にではなく国家により召し上げられているからだ。

・健康保険について
組合健保は2003年までは自己負担1割だったが、これ以降は国民健康保険と同じ3割負担だ。
組合健保の優位はこの時に終わった。
また、高齢者への医療費の7割は実に健康保険組合からの拠出金となっており、年金同様サラリーマンから収奪した保険料で国民健保が支えられている。
入院して自分で医療費を払ったことがあるひとならわかると思うが、基本的にこの国の医療制度はおかしい。
手術と入院で、3割負担でも数十万円の医療費がかかったとする、この場合標準報酬月額が53万円未満であれば、本人の負担はだいたい10万円ちょいで収まる。
これを越えた分は健康保険の負担だ。
本書でも指摘されているが、明らかに掛金が保証内容に見合っていない。
この問題の根っこは多分とても深い。
解決策は負担額を引き上げることしか無いが、そうすると医療費が払えずに死ぬ人が出てくる。
そのために民間の保険があったりあらかじめ貯蓄をしておくべきなのだが、コスト意識のない人間は命に値段をつけることをヒステリックに否定する。


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「社会保障制度改革の最終列車」という概念がある。
50歳以上の有権者の割合が過半数を超えると、社会保障制度の見直しは不可能になるとい考え方だ。
財政の見直しのために年金制度、医療制度をスリム化しようとすると、大きな既得権を持っている高齢世代が反対する。
生き汚い老人には辟易するが、誰だって既得権を手放したくないので、これはいたって合理的な行動だ。
ちょっと古いがIMFが2004年に各国の最終電車の時刻表に言及した。
英国:2040年
アメリカ、ドイツ、フランス:2015年

日本は2003年だ。
最終列車はかなり前に出発してしまった。
収奪が静かに行われるホームで、それに気付かず奪われ続けるか。
ただただ途方に暮れるか。
あるいは奪う側に回るか。