タイトル:日本を降りる若者たち
著者:下川裕治
出版社:講談社現代新書

旅行作家の下川裕治氏の2007年の著作だ。
下川氏は、大学卒業後新聞社に入社、記者として経験を積んだ後に旅行作家として専業になったという経歴の人物だ。
また、情報誌『格安航空券ガイド』の編集にも携わり、本邦における海外旅行のスタイルの多様化の一翼を担った人物でもある。
そのためか、他の旅行作家と比べると文章が読みやすく、目線も一般的な勤め人と乖離していない印象を受ける。
多作な作家だが、私は特に『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『格安エアラインで世界一周』(新潮文庫)を何度も読み返した。
この3冊は通して読んでいただくと、格安航空券の台頭以降の日本人の個人旅行(貧乏旅行)事情の変遷も見て取れると思う。

本書では、日本で短期間働いて貯めたお金をもとに海外で働かずに生活する「外こもり」の実態を書いている。
登場人物は下川氏が実際に交流のある人々だ。
本書のトーンは「外こもり」に対して寛容でも批判的でもなく、フラットである。
個々の外こもり達の話を書きながら、外こもりが生まれる背景に関する考察と問題提起を意図しているように感じた。
氏の後の著作である『格安エアラインで世界一周』(2009年)で本書の後日談が書かれていたが、読者の反応は著者の思いとは裏腹に、外こもりたちの生き方について批判的なものが多かったとのことである。

外こもりの背景

本書で提起されている外こもりの背景は2つに大別される。
一つは「日本の働きにくさ、息苦しさ」だ。
本書に登場する外こもりの多くは、日本で正社員・派遣社員等として働いたが、そのスタイルに馴染めず外こもりにたどり着いた。
年功序列、予定調和、硬直的な勤務条件、根回し文化、そういった働き方への反発がある。
もう一つは、日本の若年雇用事情の悪化だ。
就職氷河期に非正規やフリーターとなった人々など、90年代後半以降、仕事にやりがいを見いだすことが難しい人間の割合が相対的に上昇しているように思う。
そのような世代の一部が辿り着いた、オルタナティブなライフスタイルが外こもりであるとも言える。

「豊かな青春、惨めな老後」の現代的解釈

私見を述べれば、当ブログで何度か述べた「高齢化による社会保障の不均衡と老後への不安」そして「情報技術の発達による働き方の可能性の多様化」と通じるものがあると感じた。
バックパッカーを評した言葉で「豊かな青春、惨めな老後」という表現がよく使われる。
谷恒生著の『バンコク楽宮ホテル』で、安宿の壁に書かれていた言葉のようだ。
生涯年収3億円では、100歳まで「生きてしまった」場合の生活費を、現役の時代に貯めきることは出来ない。
一昔前にまっとうと言われた生き方を踏襲したとしても、「惨めな老後」を迎える可能性が高まっている。
「豊かな青春、惨めな老後」という警鐘・自嘲は高齢社会においては時代遅れなのだ。
本邦において硬直的な労働に耐え忍んだ多くの働きアリ達にも、冬には惨めな老後が待っている。 
だが、外こもりたちの生活もまた「豊かな青春」というには禁欲的に過ぎ、どこか暗い後ろめたさを感じる。
彼らもまた、享楽的なキリギリスでは無いのだ。

物価上昇と外こもり

ちなみに、本書では一例を除いて、全てタイに暮らす外こもりについて紹介している。
本書の刊行から10年近く経ち、今だとタイ、特にバンコクは外こもりには向かない都市になった。
スクンビット通りのコンドミニアムの賃料は東京と変わらない水準らしい。
カオサンロードの安宿事情はこれよりも緩やかかもしれないが、昨今では外こもり達はタイの東北部やカンボジアなどに移っているようである。