タイトル:月と六ペンス
著者:サマセット・モーム(邦訳:中野好夫)
出版社:新潮文庫

英国の作家サマセット・モーム1919年の著作。
モームの著作では最も有名なものだと思う。
「タヒチの女たち」「われわれはどこから来たのか われわれは何者かわれわれはどこへ行くのか などで知られる画家、ポール・ゴーギャンをモデルにした小説だ。

主人公の新進作家(若き日のモームの現身であろう)はある日、株式ブローカーのチャールズ・ストリックランドと出会う。
後日主人公は、ストリックランドが仕事と妻子を残し、パリに旅立ったという話を耳にする。
ストリックランド婦人の頼みで主人公がパリのストリックランドを尋ねるところから、二人の奇妙な関係が始まる。

本書におけるゴーギャンであるチャールズ・ストリックランドは、実在の人物をモデルにしながらも、あくまでフィクションの登場人物として書かれている。
そしてそれこそが、本書を物語として充実したものにしている。
架空の人物だからこそ、偏屈だが魅力的なキャラクターをストリックランドに与えることが出来る。
架空の人物だからこそ 、主人公達とストリックランドの対話を通して 、妻子と仕事を捨ててまで絵を描かずにはいられなかった人間の情熱と狂気を表現することができる。
ここで書かれている内容がゴーギャン本人の心情であったかどうかは定かではない。
本書は主人公たちから見たチャールズ ・ストリックランドの物語なのだ。

◯心の底から欲すること

主人公はストリックランド婦人の頼みにより、妻子を捨ててパリに行ったストリックランドに会いに行く。

ストリックランドを見つけた主人公は、彼に詰め寄る。
「17年連れ添った妻を捨てて心が傷まないのか。もう妻を愛していないのか。」
「子供が可愛くないのか」
「あなたが別の女を連れて逃げてきたと皆が言っているぞ、人でなしめ。」

ストリックランドは答える。
「17年養ってやったんだ、あとは自分でやってみるのも目先が変わっていいだろう。ああ、ちっとも愛していない。
「昔は可愛かったがね。これまで楽をしてきたんだ。10人中9人が知らないほどの。誰かが養ってくれるだろう。
「なんてちっぽけな了見なんだろうねぇ、女ってやつは。愛だ。朝から晩まで愛だ。
男が行ってしまえば、それは別の女が欲しいからだと、そうとしか考えられないんだからねぇ。
女じゃない。絵を書きたいんだよ、僕は。」

これには主人公も驚く。
40歳のストリックランドが、これまでの仕事とは全く別の、絵描きになりたいという。
「そういったことはもっと若くから初めるものなんじゃないか。」
「あんたがいっぱしの画家になれるとは到底思えない。」
そう畳み掛ける。
ストリックランドは答える。
「僕はね、描かないじゃいられないんだ。」

◯ストルーヴという男

パリにストリックランドを訪ねて数年後、主人公もパリに居を移すことになる。
主人公にはストルーヴというオランダ出身の画家の旧友がおり、彼もまたパリに住まう。
ストルーヴは、世俗的な名声で言えばストリックランド以上の評価を得ている画家だ。
そのストルーヴは、ストリックランドを「天才」と評した。
お人好しのストルーヴは、ストリックランドを気遣う。
ストリックランドが高熱で倒れた時は妻とともに彼の面倒を見た。

そしてストルーヴは妻をストリックランドに奪われる。
正確に言えば妻のブランシュ・ストルーヴが彼を捨てて、ストリックランドのもとに走ったのだ。
やがてブランシュは、自殺する。

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『ロジックじゃないものね、男と女は。』
エヴァンゲリオンで赤木博士が言っていた。
赤木博士を苦手だという人も多いが、不器用で等身大な人間な気がして、私は嫌いじゃない。
エヴァはシンジ君と同世代の時にテレビ放送されていたが、気付けばミサトさんやリツコさんより年をとっちまった。
そんな脈絡のないことを思い出した。

◯THE MOON AND SIXPENCE

文庫版で解説を載せている訳者の中野好夫氏が以下のように書いている。
「月」は人間を狂気に導く芸術的情熱を指す。
そして「六ペンス」は、ストリックランドが「月」を求めるために捨てさった世俗的因習や絆等を指す。

月は、芸術に限ったものではないだろう。
自分の心が求めて止まないもの。
そのためなら、世俗的なしがらみを捨てて良いと思えるほど没入できるもの。
私たちはずっとそれを探し求めている。
そして、僥倖、または狂気によりそれを見つけることが出来た人間を羨んでいるのだ。