「酒の味を食事とともに楽しみ、精神の程よいほぐれ具合を良しとする人にアル中は少ない。(略)
アル中になるのは、酒を『道具』として考える人間だ。」

中島らもの『今夜、すべてのバーで』の一節だが、実に我が意を得たりという表現だ。
美味い酒や飲み会が好きだという人にアル中は少ない。
典型的な依存症者は一人で安酒を黙々と飲むのだ。

働き始めて最初に世話になった上司が日本酒好きだった。
「辛けりゃいいってもんじゃない」「酵母に注目してみると良い」などと、結構ためになることを言う人だった。
十四代手取川もこの人に教わらなければ今でも知らなかったかもしれない。
しかし、悲しいかな私には「高い金を払って旨い酒を飲みたい」という欲求はあんまりなかった。

もちろん、良い米を削って丁寧に作った日本酒は他の酒より美味いと思う。
しかし、私が酒に求めているのはエチルアルコールの薬理作用としてもたらされる酩酊だ。
酩酊により幸福感と万能感を得る。
思考を麻痺させて、過去を忘れ、未来を想像しないようにする。
この2つが私のアルコール摂取の主たる目的なのだ。
そうした用途に照らすと、美味い酒は極めてコストパフォーマンスが悪い。
合成清酒や宝焼酎のウーロン茶割りのほうが用途には適っているのだ。

酒を飲む頻度について聞かれると断酒中以外は「毎日飲んでるよ」と言っている。
「へぇ、お酒好きなんだね。」
「とんでもない。大嫌いだよ。できればもう飲みたくない。」
「えっ?」
ここまでがテンプレートだ。
逆に理解できる場合は、相手も依存症者なのだと思う。

===以下私事=======
薬を飲み始めたので断酒を再開することにします。
できればもう一生飲みたくない。