「ぼくたちは幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされてはいるわけではない」

進化心理学という言葉は、橘玲の本で知った。
同書は、人間は自ら変わることが出来るという『自己啓発』の思想に対する橘の疑問からスタートし、生物学、心理学、社会学の理論を紹介しながら、「人は簡単には変われない、だから開かれた世界に自分の居心地のいい場所を探すのだ」という結論に至る。

進化心理学について

進化心理学は1970年代頃から研究され始めた新しい学問分野だ。
その名の通り、人間の心の動きを、それが進化の過程でどのように発生したのかというアプローチで解き明かそうとする。
ダーウィンが『種の起源』を出版したのは1859年なので、進化論のアプローチが人間心理に適用されるまでには相応に時間がかかっている。
これは、1950年以降の分子生物学の発展を待つ必要があったからだとか、学問間のセクショナリズムが原因であるとか言われている。

生物としての人間の歴史を遡ると、最初期の人類である猿人が登場したのは現在から500万年前、そこからジャワ原人やネアンデルタール人登場し、50万年前にかけてホモ・サピエンスが現れたといわれている。
一方、文明の端緒となる食料生産が始まったのは今から1万年前だ。
この1万年という期間は、生物の種が変化するにはあまりにも短い
ヒトは、定住生活よりも狩猟採集生活をしていた期間の方が圧倒的に長いのだ。
従って、ヒトの脳は狩猟採集時代に最適化された状態から変化していないという。
冒頭の橘の言葉は、「現代人は狩猟採集時代に最適化された脳を持ちながら現代を生きる矛盾を抱えた存在である」ということを述べたものだ。

生き難さの原因を考える上で進化心理学は強力な指針になると思う。

ヒトはストレスを生死とつなげて考える

例えば、承認欲求は狩猟採集時代の生活を想像することで説明できる。
狩猟採集時代のヒトのオスにとって、職業選択は命がけの選択だった。
自分の得意な分野(体が屈強なので前線で戦う、手先が器用なので罠や武器を作る、空間認知に優れるので猟場からベースまでの先導をする)を仲間に認められ、それを仕事にしないと、自分と仲間が死ぬリスクが高まる。
いくら手先が器用でもそれを仲間に認められないと、体が丈夫ではなくても前線で戦う役目を与えられてしまうかもしれない。
私たちは、職業選択や仕事上の評価について生死をかけるほど悩む素養を、ある程度生まれながらに持っているのだ。

ここから先は私の考えたことになるのだが、現代人は恐怖やストレスを実態より過大に受け止めるようにできているのではないかと思う。
狩猟採集時代は、恐怖やストレスのほとんどが死に直結するものだった。
毒蛇や肉食獣のような外敵はもちろん、上述の能力の承認や群れの規律を乱す個体の排除といった集団内のイシューも当時は生死を分ける問題だった。
一方、現代では、恐怖やストレスの原因そのものが生命を脅かすことは少ない。
都市で細長い物体に驚いてもそれが毒蛇である可能性は限りなく低いし、仕事で失敗しても命を失うことはない
(もちろん警察官や消防士は殉職する可能性があるが、狩猟採集時代は全員がそれ以上の死亡リスクを抱えており、職業選択の自由度は圧倒的に低かった)
しかし、私達の心は、集団内の問題が生死を分けていた時代を覚えている
それゆえに認知の歪みが生じ、抑うつ状態を引き起こすのではないだろうか。

多様性と標準とのズレ

もう一つ、純粋な進化心理学の話ではなく、インスパイアされて私が考えた話をさせてほしい。
私たちはヒトという種の特徴を持っているが、その一方で、生物は同一種の中でも多様性を持っている
多様性は環境の変化に適応し、種が存続するための大切なポイントだ。
しかし、 群れとしての最適戦略である多様性は、必然的に群れの中に標準から外れた個体を作り出す。
例えば、不安の感じやすさには個人差があるが、分布を取れば「危険に対する感性が欠如した人」と「過度に不安を感じやすい人」を左右のテールにおいた釣鐘型になるだろう。
そして、国家や社会の単位が大きくなった現在では、分布の中心(標準)から外れることが生き難さにつながりやすいのではないだろうか。
例えば、制度や規範が標準的な個体が快適なようにデザインされる。
また観点は異なるが、与えられる選択肢と社会の過大は世代により大きく変わるにも関わらず、前世代の標準を押し付ける圧力が働くこともストレスになる。

2017年1-3月期に「けものフレンズ」というアニメが大ヒットした。
私はネットで話題になってから見たのだが、急展開の11話から12話(最終話)までは放送が待ち遠しくなるくらいはまった。
最終話で「群れとしての我々の強さを見せるのです!」と言い、みんなが協力するシーンがある。
「フレンズによって得意なことは違うから」「けものはいてものけものはいない」といったこれまでの象徴的な言葉が思い浮かんだ。
多様性に奉仕すれば、種だけでなく私達個人にも多様性が見返りを与えてくれることがあるのかもしれない。
もちろん、人間の社会はジャパリパーク(けものフレンズの舞台)と比べるとだいぶ厳しい
我々の社会は、分布の中心から外れれば生き難さを感じるように出来ている。
そして、私達の大きな脳みそは、分布の中心に近ければ近いで、己の凡庸さを嘆くように出来ている。

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進化心理学の考え方は、ともすれば決定論的に響いてしまい、残酷で無慈悲だと受け止める人もいる。
ただ、私は、自分の辛さを自分から切り離すための手段として、この考え方は有用だと思った。
ヒトという種は葛藤を内包した存在なので、僕達の生き難さは全てが自分の責任ではない。
個人の資質が標準から外れていると生き難いのだが、それは種の存続のための多様性の範疇なのだ。
そして、おそらくそこには、原因はあるが目的は無い。
私はこの考え方でけっこう楽になった。




上の「いきづらさはどこから来るか」の方が読みやすいけれど、その分内容も絞ってあります。
ただ、生き難さにフォーカスしたトピックでこちらでしか触れられていないものもあるので、惹かれるタイトルの方から読めば良いと思います。
私は「いきづらさ~」→「だまされ上手が~」の順に読みました。
本文で書いた承認と職業選択の例は本書からの引用です。


英国の研究者の書いた入門書。
上の新書2冊の方が面白かったですが、本書には「心の病を進化から説明する」(第6章)という興味深いトピックがあります。
支配的な理論はまだ無いようなのですが、包括適応度説(血縁度の高い個体(兄弟姉妹など)を生存させるために自分を死に至らしめるメカニズムがあるとする説)は背筋がゾクッとしました。


冒頭で紹介した本。橘さんの著書でいちばん好きです。



キャラクターデザインに反して、ポスト・カタストロフィ的な伏線が随所に張り巡らされており、続きが気になるストーリーでした。
また、ヒトも含めた動物の特性の描写が巧みでした。