帰ってきたマイナス思考に自信ニキ

他人の言うことに流されたり傷ついたりしないで、自分の頭で考えて生きていきたい。

カテゴリ: 時事放談

2016年6月23日、英国で同国のEU離脱の是非を問う国民投票が行われた。
結果は事前予想に反して52対48で離脱派が勝利する事となった。

◯当日起きたこと
開票は現地の夜に即日行われたため、日本時間の24日には開票状況が報告されるにつれ、為替と株が大きく変動した。
午前10時台には、開票の早い地域の結果が出始め、想像より多くの地域で離脱派が残留派を上回ったというニュースが流れた。
12時台には一気に99円台まで円高米ドル安が進行し、13時過ぎくらいにBBCが 離脱派が上回った模様という予想を発表した。
株も日経平均で1,200円を超える下落となり、日経平均先物では久方ぶりにサーキットブレイカーが発動。
欧州時間では主要国の株価指数が概ね7%台の下落、ユーロ安も進行した。
サプライズではあったもののある程度予想を織り込んでいた英国株とポンドに比較して、大陸欧州の株とユーロの下落幅が大きかった。
また日本時間の夕方にはキャメロン首相の辞任が発表された。
米国株は意外に底堅く、3%代後半の下落で終わった。 

◯これから起こること
私見を述べれば、どんだけやばいかはまだ誰にも分からない。
ただ、確実に世界経済と政治の不確実性が上がったため、みんなリスク資産を減らしたがっている。
また、日本にとって確実に良くないのは円高になっているから企業業績にかなりの影響が出る。

離脱が決まった以上、英国はこれから離脱後のことをいろいろ決めていかなきゃいけない。
例えば、EU域内でのビザの条件とか、関税とか、業者や専門職のライセンスとか。
これまでEUの枠組みでEUのルールでやってたことを、これからどうするか決めないといけない。
そして、それを決める自由こそ、本件で離脱派が求めたものだ。

EU加盟国からすれば、この英国とEU加盟国の新しい交易のルールにはこれまでとは明確な差異を設ける必要がある。
メルケル首相とオランド大統領が言っているように、EUとしてはイギリスのいいとこ取りを許すことは出来ない。
EUから離脱しても大したデメリットが無いのであれば、イギリスに続く離脱国が出てきかねない。
オランダでは英国の国民投票以降、離脱派の動きが活発化している。
おそらく、英国がリセッション(実質GDP成長率が2四半期連続でマイナス成長となること)に陥る程度には貿易も設備投資も消費も落ち込むだろう。

また、他の加盟国への影響は不確実性のかなり大きな部分で、戦後の欧州が求めてきた経済圏の拡大と新興国の取り込みというレジームが内部から瓦解した。
そして、EU加盟国にかぎらず、米国のトランプ候補のように、多くの国がナショナリズム的な運動に目が向いている。
それ自体は国民の選択だが、自由な交易と経済圏の拡大が経済成長をもたらすという経済の基本的な動きに真っ向から対立する活動になる。
繁栄の代わりに意地とプライドを取り、世界中が武士は食わねど高楊枝となるのか。 

◯インプリケーション
この出来事は他人事ではない。
他国の話なのに怖いくらい我が国と似ている。
日本にはスコットランドの独立問題が無いのでまだましなのかもしれない。

・世代間の人数の不均衡
若年から壮年層にかけて残留派が多かったのに対し、高齢者に離脱派が多かった。
常々述べている社会保障制度改革の最終列車では、老人が既得権の意地のために社会保障制度の改革を妨害する。
本件では、老人がエモーショナルな数の暴力でBrexitを決定した。

・直接民主制のダメさ加減
国民投票は納得感の面では右に出るものはいない。
一人が一票を持ち、2者択一の問いに投票し、純粋な多数決でものごとが決まる。
だが、そうして出た結論が妥当かどうかは別問題だ。
納得感のためだけに、多額の費用をかけて国民投票を実施しようとする価値はあるのか。
一人一票というのは本当に怖い。
老い先短い老人も、算数ができない不良少年も、高等教育を受けた現役世代の人間と同じ影響度を持つ。
この点、学校や教科書は、民主主義の限界を教えない。
専制君主、貴族制など多くの変遷を経て確立した手法ではあるものの、それを疑う視点は万人が持つべきだ。
民主的な方法で決まっても、結論が妥当で無ければ意思決定としては失敗だろう。
妥当の判断は何によるかという議論は別途必要かもしれないが、それは専ら知識に拠ってなされるべきだ。
政治家に試験を課すべきだとは以前からずっと考えていた。




日本は預金を受け入れる金融機関が多すぎじゃないかと以前から考えていた。
メガバンク、信託銀行はかなり統合されたが、再編が進んでいるとはいえ地銀、第二地銀が105行ある。
さらに、信用金庫が267団体、信用組合が154団体がある。
(数字は平成26年のもの。預金保険機構HPの預金保険制度の対象金融機関数推移を基にした。)

これでもすでにお腹いっぱいだが、農協・漁協やその都道府県単位の団体である信農連・信漁連も貯金を預かり融資をしている。
とどめに、全国に広範な代理店網(郵便局)を持つゆうちょ銀行もある。

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今年1月の日銀金融政策決定会合でマイナス金利が導入された。
今のところ平均的な所得・資産水準の個人の生活にはあまり影響が出ていない。
住宅ローンを借りていた人とMMFで資金運用してた人にはそれなりに影響があったと思う。
しかし、マイナス金利は個人預金者の口座にはまだ転嫁されていない。
1月以降個人の預金の金利も下がったが、普通預金の金利なんてもともとゼロとさして変わらない水準だったのだ。

金利が上がらないのは構造的な要因であって、もう経済の活性化や金融政策では行き詰まりだろうというのが私の感想だ。
オーバーバンキングもその一因になっていると思う。
エビデンスはない。だから感想である。

要因その①:資金使途が過去と比べて相対的に減っており資金需要がない。
社会が成熟して、昔と比べると成長機会は減少している。
ゆえに、設備を拡張したり新分野に乗り出す資金がいらなくなっている。
また、多額の設備投資を必要とする産業が主役の時代が終わったため、M&Aの資金くらいしかまとまったお金がいらないような業態が相対的に増えた。

要因その②:個人が資産をキャッシュで貯めこむことを好むので、融資よりも預金のほうがニーズがある。
未来が不安なので、安心するために現金を貯めこむ。
もっと言うと、他人がいい思いをするのが許せず、タフな自己責任論が好きなので、人のためにもお金を使わない。
日本人の寄付額は諸外国と比べるとかなり少ない。
もちろん背景はいろいろあり、公的な所得の再分配が過剰だなのも一因だと思う。収入の3割を源泉徴収されてはそれなりの収入があっても被害者意識を覚えるだろう。)

要因その③:オーバーバンキングで過当競争のため優良な融資先であるほど金利引き下げ圧力が働く。
地域を代表する企業だったりすると、上に挙げた、メガバンク、信託銀行、地銀、信連、大きな信金といった多くの種類の金融機関と取引がある。
特に地域金融機関はメンツのため、または顧客全体の中での相対的なプレゼンスが他よりも高くなるためか、かなり薄い利鞘の融資を提案している場合がある。
この辺の目線は、金融機関の様態によって明らかに違った気がする。
 

パナマ文書関係のニュースやまとめを見ていると、タックス・ヘイブンの利用について先入観で語られてると思うことがある。
税法が難解なのと(※1)、配信してる人たちが閲覧数をかせぐためにセンセーショナルに煽るのが原因だと思う。
大手のメディアであっても、こういう冷静な記事に、「タックスヘイブンに群がる企業、税務当局の終わりなき戦い」という煽情的な題をつけて配信してしまう。
ただ、こういう租税回避スキームについて、注目が集まるのは良いことだと思う。

私見を述べると、グローバル企業が商行為の中で租税回避地を利用することについてはあまり違和感はない。
租税法律主義に照らせば、たとえ法が不備であっても課税は法律に定められた方法でのみなされるべきだ。
また、私は知識への信奉のようなものがあるので、制度を深く理解し自信に有利に使うだけの知識を持った者は単純に尊敬に値すると思っている。

富裕個人の利用についても、合法と違法の考え方については企業の場合と同じだと思うのだが、自分にはできなくて金持ちには出来るという不公平感に腹が立つ。
この手の租税回避スキームはある程度資金量が無いと手数料と手間の面で元が取れないので、富裕層以外は割に合わない。
書いていて分かったのだが、知識の有無で差がつくのは許容できるが、資金量の多寡で利用できるものに差ができるのが許容し難いというのが私のスタンスだ。

原則的な取り扱いだけで考えていくと、タックス・ヘイブンを使っても別に日本の課税からは逃れられないので、簡単にまとめておく。
専門家じゃないので間違ってたらご容赦いただきたい。
 ※以下に述べる事項について当サイトはその正確性を一切保証しません。実際の取引にあたっては、税務及び法務等の専門家に相談のうえ、自己責任で行ってください。

・日本のA株式会社が、ケイマン諸島籍のファンドFに投資する(※2)。
・Fは、Aを含めた世界の投資家から集めた資金を世界の株式で運用する。
・Fが株式取引であげた収益について、所得税非課税のタックス・ヘイブンであるケイマン諸島は課税しない(※3)。
・ここで、Fがあげた利益はそのままではファンドの資産としてFに滞留したままだ。(※4)
 Fが投資家に分配金を支払うか、AがFを解約して値上がりした基準価額をもとにした解約金を受領することで実現損益が出る。それまでは含み益だ。
・AがFから分配金を受領したり解約で益が出た場合は、外国投資信託の分配金または外国投資信託売却益として日本で課税されることになる。
・Fがファンドじゃなくてペーパーカンパニーでも同じだと思っていたのだが、「外国子会社合算税制」というのがあり、Fが子会社である場合は、Fが利益をあげた段階でAの利益に合算して納税する必要があるようだ。

こうしてみると、税金上はそこまで大きなメリットが無いように見える。
想像するに、こういう仕組みは米国の大手IT企業がやっていて話題になったダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドウィッチ(※5)のように、複数の国を組み合わせて使わないと劇的には軽減されないのではないだろうか。

もちろん、会社の設立・維持が簡便で現地における税務手続きの手間がかからないという理由でタックス・ヘイブンが利用されている面もあるだろう。
デラウェア州の会社法制しかり、ルクセンブルクのファンド法制然り、低税率を売りにする国や地域は法制度が整備され、当局の対応も柔軟と聞く。

※1.金融商品取引法も構造が難しいが、頑張れば目当ての条文にたどり着ける。税法(実際は所得税法とか租税特別措置法とか個別の法律がある)は知ってる人に教えて貰わないとどこに何があるかもわからないレベルで入り組んでいる。
※2.英国系の法体系の国だと、オープンエンドの契約型のファンドはユニット・トラストと呼ばれることが多い。
※3.とはいえ、インカムゲインには多くの国で現地源泉税がかかる。軽減税率は受けられない場合が多いと思う。
※4.Fが会社型のファンドだったりペーパーカンパニーだったりすると連結の問題があるのかもしれない。
※5.このネーミングセンスは溜息が出るほどかっこいい。3回ぐらい読んで、その時はなるほどと思うのだが、いざ空手で説明しようとするとうまく説明できない。
 キラークイーン(吉良のスタンドの方だ)のバイツァ・ダストもそんな感じだった。


 

昔から、運動は見るのもやるのも嫌いだった。
オリンピックやワールドカップの時も、日本戦も含めて中継は全く見ない。

スポーツは特に興味ないと端的に言えるようになったのは大人になってよかった点だ。
ちょうど小学生の時にJリーグが発足した。
地元にチームがあったこともあり、小学校では空前のサッカーブームが訪れたのだが、盛り上がりどころがわからなかった。
閉鎖的な学び舎の中では、中心的な話題に適当に合わせていかないと居場所がなくなったりいわれのない迫害を受ける。
興味がなくとも合わせるふりをした。 

ただ、自分がする運動に関しては大人になって考え方が変わった。
集団スポーツと運動部が嫌いだっただけで、自分でやる運動は好きなことに気がついた。
走ることが一番手間がかからなくて性に合っており、2年に1回ペースでハーフマラソンにも出場する。
無心に走っていると、アラン・シリトーの「長距離走者の孤独」にある、世界の最初の一人・最後の一人という感覚もなんとなくわかる気がする。

ということで、今の私は運動は見るのは興味がないが、やるのはそれなりに好きな人間なのだが、オリンピックの誘致については迷惑な話だと考えている。
メディアの情報は結構誘致に前向きだったのだが、検索してみると反対派の意見も相応に見つかる。
破滅的な通勤ラッシュに観客やオリンピック関係者が加わるのは、首都圏で通勤している人間なら勘弁して欲しいと思うだろう。

また、国立競技場しかりエンブレムしかりで、環境整備にかなりの資金がかかる。
例に挙げた2件は二転三転しているが、民主的かつ市民感情に配慮(※)して物事を進めようとすると、成熟した社会であるほど多額のコストが掛かる。 
また、まだ表立ってはいないが、浮浪者や風俗店も開催に向かって取り締まりが強化されると踏んでいる。
(これは各人の環境により良し悪しがあるで、ここでは単純に取締にかかる費用が相応に見込まれるという点を見てほしい。)

経済効果はあるのだろうが、この国はもとより東京一極集中だ。
首都圏の景気はいつの時代もこの国の中では相対的に堅調か底堅いのだ。

先日感想を書いた黒木氏の「世界をこの目で」の中で、ロンドンオリンピック開催時のロンドン市内の様子が書かれていた。
確か、冷ややかな反応が多かったロンドン市民だが、開催してみたらそれなりにみんな盛り上がっていた、という内容だったと思う。
そうなるといいんですけどね。


※「市民感情への配慮」というのはあまり意味のないことだと考えている。
そういうことを気にしてしまうと、一部の活動家のような声が大きいだけの意見も無視できないからだ。 
それは、民主的な多数派の意見ではなく、専門的な知見に基づいたものでもない。
大きなプロジェクトを進めるにはある程度の強権が必要だが、それは民主的な多数決か知識的な権威に裏付けられるのが理解されやすいだろう。

長距離走者の孤独 (新潮文庫)
アラン シリトー
新潮社
1973-09-03




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