帰ってきたマイナス思考に自信ニキ

他人の言うことに流されたり傷ついたりしないで、自分の頭で考えて生きていきたい。

アルコール依存

緩慢な自殺 ~Ozzyと水中クンバカ

Ozzy Ozbourneの曲に『Suicide Solution』というのがある。
アルコール依存による死について歌った曲で、Ozzyが親しかったバンドマンがアル中で亡くなったことがモチーフになっているらしい。
タイトルだけを見ると「自殺解決」なので、当時は青少年なんちゃらだのの団体がケチをつけたらしい。
アルコール依存による死に警鐘を鳴らすような歌詞なのだが、曲の中身はお構い無しだ。
自分の優位性のために他人を否定しようとする人間を黙らせることはなんとも難しい。

私も一昨年くらいから断酒とスリップを繰り返しているが、それ以前(とスリップ中)は、ほぼ毎日酒を飲んでいた。
健康診断の数字は毎年悪くなっていったし、体重も増えた。
まさに、制御出来ない飲酒は緩慢な自殺だ。

これまでに、過度な飲酒以外にも緩い自殺を2つほどした。

①息をしない 
⇒自分で息を止める。 
時間は正確に測っていないが、 1分を過ぎたあたりで反射的に息を吸ってしまった。 
もしこれが可能であれば、たとえば不慮の事故で体の自由を失っても自分の意思で死ぬという選択が出来る。
もちろんそのためには極めて強い精神力が必要になりそうだ。 
なお、某宗教団体では水中クンバカという水中で息を止める修行があったらしい。
ある若い幹部は、なんと5分以上も潜り続けた。
それでも教祖から「びびってんじゃねぇよ」と怒られたとのこと。 

②食事をしない 
⇒水を飲んでもいい断食はたまにやる。 
初めの 1日は辛いが、それを超えると 3日くらいは可能だ。
ダイエットよりは、消化器を休めることに効能があるとのことだ。 
おそらく固形食を抜くだけでは1ヶ月位死ねないだろう。
あんまり死ねないと自殺を辞めたくなるので、水も断つ方法を試した。 
根性無しで恐縮なのだがこれは一日ももたなかった。 
こんな渇きに耐えるくらいなら死ねなくても良いというよくわからない思考になったのだ。 
たしか、 2ちゃんねるで「最高峰の自殺は餓死」というスレッドがあった。 

やれやれ、おまえやる気あるのかよ、と言われそうな体たらくだ。 
おそらく、本当に死ぬ覚悟は無くて、自傷行為に近い感覚でやっていたのだと思う。 
痕も残らないし、困難ゆえに不可逆的なダメージを負うまで進んでしまう可能性も低いから安心してできたのだろう。 

生きてる事自体が緩慢な自殺とも言えるのかもしれない。
アルコールで加速させるも、拒食で加速させる、過食で加速させる、どれも虚しい。

冒頭のSucide Solutionの曲中に、以下の一節がある。
なかなかに意味深だ。 
"The reaper is you and the reaper is me."

Blizzard Of Ozz
Ozzy Osbourne
Epic
2011-06-03


 

『今夜、すべてのバーで』依存を克服したい依存症者のための文学

タイトル:今夜、すべてのバーで
作者:中島らも
出版社:新潮文庫

私は依存的な酒飲みだ。
アルコール依存ゆえの奇行について「アルコール依存」カテゴリで書いているのでよろしければそちらもご一読ください。
これを書いている時点では、なんとか断酒が3ヶ月弱続いている。

以前に、アルコール依存症者がたてた2ちゃんねるスレのまとめ記事を何処かで読んで、そこでアル中に関する本として本書と吾妻ひでおの『アル中病棟』が紹介されていた。
どちらも著者自身がアルコール依存に依る入院経験があるのでリアリティがある。
実を言うと中島らもの小説はこれしか読んだことがない。

本書では主人公の小島容(いるる)が、アルコール依存症による肝炎で入院するところから始まる。
病院の人々や近しい人との対話や、亡くなった友人への追想により物語が進んでいく。

依存症の作家が書いた物語なだけあって、アルコール依存症者の思考や行動に関する記述が正確で、思わず「よく分かってんじゃねぇか」と膝を打ちたくなる。
依存症者にとって、依存症の人物が登場する物語を読むことは救いだ。
さらにこれは依存症者が書いた物語でもある。
他の依存症者の行動を知ることで、自分に特有の悪夢だと思っていた依存症が、多くの人が苦しんでいる悪夢であることがわかる。
自分以外にも苦しんでいる人がいるとわかれば、それらの人々の対処法を導入することで、戦う手段を得ることが出来る。
どこまで戦い続けられるかはやはり本人次第なのだが、洞穴の奥で苦悩するよりは勝算のある戦い方だと思う。
戦うためには知らなければならない。

◯アル中になるかどうかは酒が好きか嫌いかの問題ではなく、必要か不必要かの問題。アルコールの薬理作用を必要としている場合はアル中一直線。
酒が好きな人間がアルコール依存症になるかというとそんなに単純ではない。
困難な今日を忘れたい。取り返しの付かない過去を忘れたい。逃れられぬ明日を忘れたい。
依存症者はそのためにアルコールが「必要」なのだ。
薬理作用としての酩酊と万能感を得るために飲む。
美味いから飲むわけではない。
事実、私も度数の高いチューハイ、合成清酒、コンビニのオリジナルブランドの廃糖蜜焼酎、ギルビーのウォッカ、ウィスキー凛などを愛した。
エチルアルコール1単位あたりの価格を縦軸、胃袋への入れやすさを横軸にとり、右下に位置するモノたちを愛した。
働くのに嫌気がさしてからというもの、まっとうな日本酒やウィスキー(右上にいるような酒達)は金が惜しくて飲めなくなっていた。
思い返してみれば、ここまでいく前のことだが、若い頃から酒を飲まなければ女と話せなかった。
飲み会の時間は苦痛だったので、アルコールの力でなんとか円滑なコミュニケーションをとっていた。
酒は私にとって常に道具だったことに改めて気づく。

◯依存症のもたらす連続飲酒。「眠っている間と働いている間、昼飯を食っている間と風呂、糞、朝の電車。それ以外の時間はすべてグラスの底をながめることに費やしたのだ。」
私も、平日は仕事が終われば最寄りのコンビニで酒を求め飲み始め、休日は朝起きたらすぐに飲み始めるという生活をしていた。
何をするにも酒が必要なのだ。
アルコールのもたらす万能感がなければ、人と会うことも、電車に乗ることも、考え事をすることも出来なかった。
毎日見たくない現実が起きていたので、それと戦うため許される状況で常に酒を摂取していた。

◯酒を呑むことが目的。「たいていは独りで飲んだ。同僚の仕事の愚痴を聞くのはまるで仕事をしているみたいで嫌だった。カラオケも女がいるキャバレーやバーも反吐が出るほど嫌いだった。」
勤務中以外連続飲酒状態だった時であっても、私は店で酒を呑むことは無かった。
人との関係で疲弊している人間が積極的に人のいるところに行く理由は何処にもなかった。
会社の人間も家族の人間も嫌いだった。
店で給仕する人間も嫌いだったし、道ですれ違う人間も嫌いだった。
少数の心許せる友人と会う時も、酒を飲んでいる状態で無ければ会えなかった。

◯日本はアルコールが入手しやすい
ここでも書いたが、日本のアルコールの入手のしやすさは異常だ。
夜中の2時であっても、コンビニに行けば銘柄はどうであれウィスキーを購入することができ、「ありがとうございました」と感謝すらされる。
昼間からアルコール飲料のCMテレビで垂れ流すし、漫画でも酒は安らぎやカッコよさを与えてくれるアイテムとして登場する。

◯アル中の原因がわかるのはすべての依存症の原因がわかる時
確か、禁煙セラピーの著者のアレン・カーも似たようなことを行っていた。
煙草依存をやめられれば同じ方法で他の依存もやめられる、と。

私なりに感じた依存症への対処法は、
1.自分は「依存の対象」を別の目的のための道具として使っていることを理解する。
2.「依存の対象」では、自分が本当にしたい目的を成し遂げることはできず、「依存の対象」がもたらす効用でその場を誤魔化しているだけであることを認める。
3.自分の本当の目的を達成するための方法を実行する。
の3ステップだ。
私の場合は、3.の本当に達成するための方法は実行できていない。
それは会社で働くのをやめて、今の蓄えの分だけ遊んで暮らし、その後消えて無くなることだからだ。
とりあえずもう少し穏当な方向にして、「会社に雇われないで生きられるようにする」ことを目的として、いくつか行動を始めた。
なお、アレン・カーは2006年に肺癌で死んだ。


今夜、すべてのバーで [ 中島らも ]
今夜、すべてのバーで [ 中島らも ]


 

アルコール依存に関する箴言 1か月目の記念碑

なんと、2016年3月は1滴もアルコールを飲まずに過ごすことが出来た。

自分の決断で断酒をしたのは一昨年の秋が初めてだ。
その時は3カ月続いた。
その後また崩れたが。
当事心の支えになったのが、アル中の人が建てたスレッドに関するまとめサイトの記事だった。
メモしてあったので感想を交えて紹介する。
依存症とその療法に関しては、その後に本を読んだりカウンセリングを受けたりしたが、なかなか依存症の本質をつくものであると思う。

・アルコールに限らない「依存」の人々はありのままの現実や自分を受け止められないので酒でもなんでも、現実からピューンと逃げ出す道具に頼る。
→当時は、会社の業務内容にも誇りを持てなかったし、同僚も無能な人間や人格的に難がある人間が多かったので、そのような環境にいる自分も無意味な人間であるという認識から逃れられなかった。
アルコールが与える万能感で自分のいる状況から目を背けていた。

・酒飲む必要のない時に飲んでしまう、たとえば、ディズニーランドに行く前に舞浜駅のニューデイズでビールを買うとか飲み会の場で、目の前にいる「人間」より「グラス」に意識が囚われるとか、とにかく酒を優先したらもうアルコール依存だと思っていい。
→とにかく、何をするにも酒が必要だった。髪を切りに行くのにも電車に乗るのにも、人と会うのにも。

・アルコールで幸せにはなれない。アルコールは、見なきゃいけない現実や解決しなきゃいけないトラブルから目を逸らすためだけの薬物。
→苦悩の病巣を排除することには、多くの場合相応の労力を要する。
軋轢が生まれるだろうし、危害を加えられることもあるだろう。
その点酒はイージーなのだ。買って飲み干せばその時は忘れられる。
ただし、何も解決しない。

・いくら酒を飲んだところで明日はやってくる。そのことを理解したとき、私は酒が無意味なものだと理解した。
→酒を飲んでも未来は何も変わらない。
未来を変えるのは自分の行動だけだ。
僥倖を祈るのも否定しないが、それも酒とは無関係だ。

 

アル中時代の異常行動 休日編

おはよう、良い朝だ。

前日の金曜日は、帰りにいつも通り高度数チュウハイとワンカップを飲みながら帰ってきた。
ただ、次の日が土曜日なので、ウイークデイより少ない酒量で切り上げられた。

上手くいけばあと36時間くらいは労働のことを考えないですむかもしれない

 

もう9時を回っている。
今日は10時から美容室を予約している。

ベッドから起き上がり机を見ると、飲みさしのストロングゼロが置いてある。

500ml缶に3分の1程度であろうか。
躊躇も感慨もなく飲み下した。

もっと気合の入ったドランカーがやれば、いわゆる迎え酒という儀式になるのだろう。

 

前日のアルコールの残った緩慢な動きでシャワーを浴び、歯を磨く。

アル中に夜のうちに風呂に入れというのはおそらく厳しい。

朝でも昼でもめんどくさいんだから。

 

散髪は特に問題なく終わった。

いくら9%でも缶チューハイ160mlでは顔が赤くならなかったが、髪を切るまで近づくと美容師は酒飲んでるってわかるだろうな。
客もそこまで多くなかったし、大目に見てくれ。
あんたとしゃべるのもなかなか気を使うんだ。

美容室を出ると近くのコンビニに立ち寄って発泡酒を買った。

まだ午前中なので度数に少し配慮した格好だ。

飲みながら家に向かって歩く。

家の近くのディスカウントストアに寄る。

酒はいくらあっても困らないと思い、高度数チューハイを数缶と、安いウィスキーを買った。

 

家に着くと12時少し前。

歩きながら飲んだこともありもうだいぶ回っている。

本も読めないし、ゲームをする気にもならない、朝から何も食べていないが、酒で摂取したカロリーを考えると飯を食う気にもならない。

しかたないから腰を据えてさっき買った酒を飲み始めた。

 

あーそういえば、月曜会社に行ったらこれしないとなーとか、忘れたかったことが頭に浮かんでしまう。

バスタオルで首を絞め、頭を壁に打ち付け、カッコウ、郭公、と泣いていた。

たぶん、頭で壁を鬱サマが、啄木鳥のように思えたのだろう。

キツツキの鳴き声がわからなかったので、かっこう、とないたのだ。

 

―――

予定がある日は概ねこのように過ぎる。

週末に散髪や通院をするときは、極力土曜の朝に予定を入れるのが働き始めてからの習慣だった。

酒に依存する前はこれで週末の時間を有効に使えていた。

だが、これでは酒を飲む時間が増えただけだ。

なにもしていない。

 

驚かれるかもしれないが、予定が散髪ではなく、旅行や帰省であってもこの調子で酒を飲んでから出かけていた。

友人と会うときもそうだ。

 

酒飲みが忘れたいことは2つだけだ。

過去の事と未来の事。

この2つを忘れるために酒を飲んで今を殺している。
 

 


どうやって飲まないでいるか
Alcoholics Anonymous World Services Inc.
NPO法人 AA日本ゼネラルサービス
2013-03-12


アル中時代の異常行動 平日編

会社が終わると最寄りのコンビニで酒を買う。

1杯目によく使っていたのは、ここ数年出てきたアルコール度数の高い(8%~9%)チューハイだ。

150円、350ml、高度数でコスパが良いし、糖質も少ない。

さらにサンクスだと、ユニーのPBで同じような商品がコンビニでも100円程度で売っていてなおコスパ良し。

これをぶらぶら歩きながら飲む。

通勤中は音楽やPodcastを聞くのが社会人になってからの習慣だったが、このときは何もしない。

酒をちびちび飲みながら歩く、ただ歩く。

  

東京の地下鉄1駅歩くころにはすでに結構回っている。

ここで、高確率で地下鉄に乗る前に2本目を買う。

これは、1本目と似たような高アルコール度数チュウハイのこともあれば、紙パックの合成清酒(1号100円の鬼○○しとかだ)のことも。

合成清酒は正直まずいと思う。

でも、酔うために安くて高い酒を求めるから買ってしまう。

その時の気分しだいでもう1駅歩くか、地下鉄に乗る。

 

電車のホームでは人目を気にせず飲む。

が、動いている車内で飲むのは何故かためらわれたので、電車に乗ったら大人しくビニール袋に口のあいたカンないしパックを入れて横にならないようにカバンに入れる。

4万円で買った国産の革のカバンが泣く。

車内では特に何も考えない。

むしろ、その日1日あったことと明日のことを考えないようにするために酔っている。

このまま電車で家の最寄り駅まで行ったことは半分くらいで、それ以外は1、2駅手前で降りて会社を出た後と全く同じことをしていた。

酷いときには家に着くまでに歩きながら5、6本空けていた。

 

家に帰るときにはだいたいもうへべれけ。

スマートフォンのゲームをしようとしても、パズルも音ゲーも思うようにできず投げ出す。

本を読もうとしても集中力が続かない。

しかたがないので家に帰った後も飲む。

帰りにコンビニで歩きながら飲んでたのと似たような酒を買うか、あらかじめディスカウントストアで買っておいた安物のスピリッツやウィスキーを適当に割って飲んでいた。

 

冗談ではなしに、家飲みの良いところは帰宅の心配がいらないことだ。

限界がくればそのままベッドに横たわって寝ることが出来る。

 

やばいときは1カ月ぶっ通しでこういうことをやった。

18時に会社を出れた時も、22時まで残業をした日もやった。

 

酒に強くない私は、高確率で翌朝まで酔いが残る。

目ざましに追い立てられるように起床し、支度をして家を出る。

夏以外はシャワーを1日おきにしたことも多かった。

香水や制汗剤で匂いを誤魔化したことも多々あった。

 

そして、声にならない嗚咽を吐いていた。

明日が来るのが嫌で酒で思考を潰していたのに、また、明日が来てしまった、と。

 


 

 

アルコールは安易な快楽

私は依存的な酒飲みだ。

酒がうまいから飲むのではなく、今の自分の状況と恐ろしい明日を忘れるために酒を飲む。

酒は思考を奪い、薬理作用による高揚感をもたらす。

 

アルコールが恐ろしいのは、それが極めて簡単に手に入る快楽だからだ。

欲しくなれば、起き抜けだろうと昼間だろうと深夜だろうと、コンビニかスーパーにでも行って少額のお金を払えばいい。買った後はたた呑み込んで胃に入れればよい。

 

①購入の容易さ

昨今では酒の入手のしやすさが行きすぎているいるようにも思う。

昭和期のフィクションでは、アルコール依存症の父親が、夜中に酒が切れた時は子供に酒屋まで買いに行かせる描写があった。

「酒屋が寝てたら起こしてでも買ってこい。」

劇中の不幸な子供が酒を入手できたかは分からないが、コンビニで買うよりはかなりハードルが高いことは確かだ。

 

コンビニで24時間酒が買えるのは海外と比べても異常だ。

深夜早朝は酒の販売が出来ない国は多いし、購入にIDの提示を求められる場合もある。

 

②使用の容易さ

アルコールによる快楽は簡単に得られる。

ただ、経口で摂取すれば、エチルアルコールの薬理作用として酩酊と万能感が得られる。

 

人間が感じる快楽はいろいろなものがある。

良くできた小説や興味のある分野の専門書を読み理解したことによる達成感や成長感も快楽だし、ジョギングやトレーニングで体を動かすことに快楽を得る人もいる。

アウトプットの快楽もある。文章や音楽でなんらかの作品を作り上げる、つまり自分の内面にあることを表現する快楽がある。そこまでいかなくても、歌を歌ったり誰かに自分の意見を聞いてもらうのは人間が日常的に実行している快楽だ。

 

ただ、これらの快楽はアルコールの摂取と比べるとストレスや苦痛を感じやすいものだ。

インプットもアウトプットもトレーニングも、上手くいかないときや思うように進まないときは苛立ちを感じるし、それなりにエネルギーがいる。


その点で酒は簡単なのだ。ただ、飲めばいい。

人間は往々にして、より質や量が優れた快楽よりも、得ることが簡単な快楽に走る。

 

プロフィール

執筆者:マイナスニキ

30代会社員。
会社と業務は何回か変わったが、金融業界で10年ぐらい働いている。
会社勤めが好きじゃなく30歳くらいの時からアルコール依存気味になる。ここ数年は断酒とSLIPの繰り返しでうつ休職もしていた。
一人で出来る生業を見つけて会社に勤めないで生きることが目標。
好きな作家は太宰治と沢木耕太郎。

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