帰ってきたマイナス思考に自信ニキ

他人の言うことに流されたり傷ついたりしないで、自分の頭で考えて生きていきたい。

タグ:うつ

こちらの記事でも書いたように、私の酒の飲み方は依存症的だ。
アルコールは安易な快楽
毎晩飲んでるけど酒なんて大嫌いだ
その他「アルコール依存」カテゴリの記事はこちら

美味いから飲んでいるわけではなくて、嫌なことを忘れるため万能感を味わうために飲んでいる。
療養生活に入って最大の誤算だったのは、酒をやめられなかったことだ。
会社生活が私の人生の困難さの根源で、それから距離を置けばアルコールは不要になると考えていたのだが、そう簡単な話では無かったのだ。
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こちらの記事で書いたとおり、先月末から出社できなくなってしまって、療養している。
2週間くらい経つと、会社に行ってた頃に感じていた対処不能なしんどさが落ち着いた。
例えば、辛さ、落ち込み、苛立ち、過剰な他罰感情、過剰な自罰感情、他人が自分を貶めようとしているという意識などは、だいぶ落ち着いた。
一日中誰とも話さなくて良いのだから当然かも知れない。

幸いなことに、集まりの場があれば心配した友人が呼んでくれるので、自分が気の置けない人物とだけコミュニケーションを取ることが出来るという、なんとも恵まれた環境にいる。
ただ、そこで付き合いの長い友人から「あんまり楽しそうに見えないけど大丈夫か?」と言われた。
なんてこったい。そう見えるとは意外だった。
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金持ちの家に産まれた人間が憎い。
仲の良い家庭に生まれた人間が憎い。
家族や友人や教師から肯定されて育った人間が憎い。
人と話すことが好きな人間が憎い。
他人を信頼できる人間が憎い。
自分に自信のある人間が憎い。
毎日の仕事が楽しいと感じる人間が憎い

どうして自分は幸福ではないのだろう、とよく考える。
私の不幸の源泉は、上に挙げたような憎たらしい人間の持つ要素を持っていないからだ。
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ここ数ヶ月、平日がまったく楽しくない。

朝は6時には起きているのだが、出社時間ぎりぎりになるまで起き上がれない
時計が進むのを見たり、タブレットでニコニコ動画を見て気を紛らわす。
流石に夏場なのでシャワー浴びるが、5分くらいしか時間が取れない。
カラスの行水、そんな言葉が頭に浮かんだ。
通勤中も音楽を聞きたくなくなった。

なんとか出社し席についても午前中は思考にもやがかかった状態で辛い。
優先のタスクをもやのかかった状態でも出来ることから進める。
ダメなときはトイレの個室や非常階段で、「会社辞めたい」「死にたい」と検索して少し落ち着く。
何も出来ない時はじっと手を見ている。
アウトプットさえ出ていればこれでも文句を言われないのはまだ良い方なのかもしれない。
昼飯は食わない。
とはいえ事務所にはいたくないので、コーヒーショップや公園に避難して「会社辞めたい」「死にたい」と検索する。
または、2ちゃんねるの転職板の「朝起きたら鬱だ会社行きたくない」スレッドや、リーマン板の「生きる意味が分からないリーマン」スレッドを見て落ち着く。
午後は少し気持ちがましになる。
仕事が終わっても帰りにストロングゼロをしこたま飲んで気絶するように寝てしまう。
オフィスを出たその瞬間から、もう既に明日が来てほしくない。
寝ている間に世界が滅んで欲しいと、久しぶりに思うようになった。

休日は楽しい。
普通に起き上がれるのだが、それでも朝から酒を飲んでしまうことが増えた。
さすがにもうダメかもしれない。
楽しかった日々はもう戻らない。
いや、それとも毎日が楽しかった時期なんて昔から無かったか。
いずれにせよ毎日こんなに辛いのはおかしい。


 
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2014-03-05

先日、2年ぶりに過食嘔吐をしてしまった。
土日プラス月曜有給で3連休にした最終日、あと12時間後にはまた労働かと思うと抑えが効かなくなってしまった。

やっちまったこと

街をぶらつきながらストロングゼロを飲んでいた。
ぶらぶら、ぶらぶらと、目的もなく歩きながら350ml缶を4本飲む。
前後不覚になりながら、昼飯の豆腐以来何も食っていないなと思い、スーパーに立ち寄る。
惣菜パンを一つと5本目のストロングゼロ、そして半額になっていた弁当を買った。
惣菜パン食べながら帰路につく。
その時点ですでにギアが誤った方向に入ったのかもしれない。
満腹中枢麻痺状態。
最寄り駅のパン屋で大振りなチーズパンを買い求めた。
自宅付近のコンビニでバターロール4個入りスナック菓子を買った。

家についた。
飲み過ぎでもう眠たい。
だが眠ると明日が来てしまう
気が付くと、2食分くらいある大振りなチーズパンを7割がた食べていた。
ままよと思い、残りを平らげ弁当を温める。
電子レンジが回るのを待ちながらスナック菓子に手を付ける。
この時点で、後で吐こうと決意した。
弁当、スナック菓子、バターロール4つを平らげた。
これで3,000キロカロリーくらいだろうか。
酒を入れても4,000キロカロリー、実はカロリー摂取って意外とここらへんが限界なのだろうか。
酔いのせいか過食のせいか、とても気持ちが悪い。
水をしこたま飲み、胃の内容物を吐き出した。
片手で腹のあたりをぐにょぐにょ押すと吐きやすい。
学生の時に覚えた。
もっとも当時は酒を買えば飯は腹いっぱい食えない程度には貧しかったので、太る心配は今ほどしていなかったが。

過食嘔吐の問題点

過食嘔吐は若い女性に多い摂食障害らしい。
確かにいい年したおっさんがやってもいまいち様にならない。

酷くなると習慣的に行うようになり、必要なエネルギーが取れなくなる。
また、吐き戻す様子は汚いし、水回りを詰まらせることもあるので、家族と同居だと不和の原因になる
他に代償行為を見つけて、過食嘔吐は避けた方がいい。
どうしても抑えられない時は、のどちんこを傷つけないこと吐いた後はうがいや歯磨きをして歯を胃液から守ること、この2点に気をつける。

私が過食嘔吐に至った思考

私は一番やばい時でもせいぜい週に1回ペースだった。
健康の維持には支障は無かったと思うが、なんとも惨めな気持ちになる。
当時はかなり深い絶望の中にいたので、毎日が人生最後の日のようだった。
そして、最後の日の晩餐が過食嘔吐だった。
明日になれば俺は死ぬ、だからせめて今、腹いっぱい食いたい。
そのように考えていた。
もっとも、私の最後の晩餐はパンと葡萄酒ではない。
ぶどう酒の代わりに、焼酎、ストロングゼロ、安価なウィスキーが振る舞われた。
パンの代わりに、スーパーの半額の弁当や、大袋入のチョコレート、スナック菓子などが振る舞われた。

腹に収めたまま消化してしまえば良いのだが、それはそれで抵抗がある。
最後の晩餐の後、官吏に引き渡され磔刑に処されたキリストと違い、私には明日が来てしまうのだ。
過食で太ったら余計に毎日が辛くなるのだ。



上に挙げた私の過食嘔吐に至る思考は認知の歪みの産物です。
タフなタスクがうまくいかなくても死なないし、通勤できないほど辛いなら休めば良い。
ただ、心が弱っていると、この思考の客観化が出来ない。
弱った心はヒューリスティックに、酒の快楽や食の快楽で明日のストレスに立ち向かおうとする。
↓は認知療法についての解説書です。
悩みを書き出してみるとか、自分の思考にツッコミを入れてみるとか(論理療法)、単純だけど実践的な対処法も書かれています。

いつものごとく「働きたくない」とか「働かないで生きる」でウェブを検索していたら、「人間やめたい」というワードに出会った。
いい言葉だ。
俺は人間になりたくないよ、ベム。
おれも人間をやめたいよ、ディオ。

植物になりたいとよく考える。
光と二酸化炭素と水から力を得て、自立して生えている。
食事も着るものも家もいらない。

同じように、すごく燃費が良くてタフになりたいとも思う。
食事を取らなくても良くて、暑さ寒さに強く服を着なくても良い、家がなくてもそこら辺で睡眠が取れる。
植物は哺乳類が進化した姿なのではないかという、ぶっ飛んだアイデアにまで思いが至った。

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中島みゆきさんの「瞬きもせず」という曲が好きだ。
初めて聞いたのは大学時代だった。
今でもポジティブになりたい時用のプレイリストに入れてある。
歌詞に以下のような一節がある。

『ああ、人は獣
牙も毒も棘もなく、ただ痛むための涙だけを持って生まれた
裸すぎる獣たちだ』

私は、この「痛むための涙」をずっと「痛むための心」だと思っていた。
沢木耕太郎氏の深夜特急で、横浜に寄港したことがあるというギリシャ人の船乗りが言っていたある言葉が頭のなかにあったからだと思う。
彼は、短い滞在で覚えた片言の日本語で「イタムワタシ、イタムココロ」と言っていたのだ。

孤独と人間関係の軋轢は、それぞれ違った方法で人の心を傷つける。
社会性を組み込まれたヒトという種族である以上、逃げ場所はないのかもしれない。


Singles 2000
中島みゆき
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
2002-04-17

 

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