帰ってきたマイナス思考に自信ニキ

他人の言うことに流されたり傷ついたりしないで、自分の頭で考えて生きていきたい。

タグ:沢木耕太郎

タイトル:テロルの決算
著者:沢木耕太郎
出版社:文春文庫(または『沢木耕太郎ノンフィクションⅦ 1960』(文藝春秋刊)にも収録)

1960年に発生した浅沼稲次郎暗殺事件に関するノンフィクション。
浅沼稲次郎刺殺事件は、当時野党第一党であった日本社会党の党首が17歳の少年に演説会の場で刺殺されるという戦後史に残る事件だ。
沢木氏は常々、夭折者の生涯に興味を持っており、本件の加害者である山口二矢(やまぐち・おとや)について書きたいと考えていたという。
本書は1977の後半に、当時30歳の著者が半年で書き上げた。
2004年に刊行された全集版では、事件と同年に発足した池田勇人内閣の掲げた『所得倍増』をテーマにした作品である『危機の宰相』と併せて収録されている。 
関連記事:『危機の宰相』低成長の時代だからこそ「所得倍増」を振り返る

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タイトル:危機の宰相
著者:沢木耕太郎
出版社:文春文庫(または『沢木耕太郎ノンフィクションⅦ 1960』(文藝春秋刊)にも収録)

1960年に成立した池田勇人内閣の中心政策であった「所得倍増」についてのノンフィクション。
総理大臣・池田勇人、エコノミスト・下村治、宏池会事務局長・田村敏雄
大蔵官僚としては「敗者」であった3人の男達を中心に、高度経済成長に至る時代を描く。
特に、下村の経済理論を咀嚼し、池田に現実的なビジョンとして提示した田村敏雄への評価は、後の日本経済史の研究にも影響を与えているという。
解説で沢木自信が、本作は政治に関するテーマを扱っているが、スポーツを書くように書いたと述べている。
実際に、中心となる3人の人生の描写はドラマティックで、ノンフィクションではなくは小説作品を読んでいるような感覚になった。

本書は、池田が1964年に咽頭がんで退任してから一時代を経た、1977年に書かれた。
当時参照可能であった池田政権に関する文書や、関係者への取材に基いて書かれている。
もっとも、3人の中心人物のうち、執筆時に存命だったのは下村治のみであった。
本書は250ページに及ぶ長編でありながら、長らく書籍化されなていなかった。
2004年の全集刊行時に手を入れ、池田勇人の首相就任と同年に発生した浅沼稲次郎刺殺事件をテーマにした「テロルの決算」とともに「1960」というタイトルで1冊にまとめられた。現在では文庫でも出版されている。
私は全集の方で読んだのだが、著者自身による解説ともいうべき「未完の六月」という小編が収録されているため、どっぷりハマりたい方にはこちらを勧める。
ただ、文庫版では下村治の息子である下村恭民氏が解説を書いている。
こちらも機会があれば読んでみたい。
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まだ何回も迎えていないが、療養に入ってから月曜日が怖くない。

恐ろしい日曜の夜

働き始めてからというもの、毎週日曜の夜が辛くてたまらなかった。
いわゆる「サザエさん症候群」だが、日曜の夕方くらいから翌日以降の仕事の事を考えてどんどん憂鬱になる。
働き始めたばかりの頃は、日曜の22時以降に放送される「中居正広のブラックバラエティ」や「ガキの使い」を楽しむ余裕があった。
しばらくすると、2ちゃんねるのリーマン板を覗くようになった。
「おい、もう休日もう終わりかよ!?」というスレッドがあり、そこには翌日以降への不安を語る者社畜乙と煽る者粘着するコテハンなどがいた。
「あぁ、月曜が辛いのは俺だけじゃないのだ」ということが分かり、随分と励まされた。(※1)
いつしかそれだけでは足りず、酒を飲まなければ眠れなくなった
夜が更けても眠れず、3時を過ぎてから追加の酒を求めてコンビニに走った日もあった。

 
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昔から「遊ぶ」ことが苦手だった。
自分では遊んでいるつもりなのだが、他者からは上手く遊べていないと捉えられたようだ。
遊びの記憶で言うと、幼稚園の頃に「にこにこ島」という遊具でよく遊んだことを思い出す。
名前は当時のNHK教育テレビの「にこにこぷん」から借用しているが、別にじゃじゃ丸、ピッコロ、ぽろりがいるわけではない。
木製の台が円形に配列され、それを跳びながら回るというだけの遊具だ。
それを無心に、何周も何周も飛び回っていた。
それが私の「遊び」の原体験だ。

一人遊びは見下される

月日は流れて
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自分は他人よりも旅行欲が低いなぁ、と感じる。
不本意な労働に従事していて、時間が限られるので、旅行よりもプライオリティが高いことが多いからかもしれない。
「ビーチリゾートががいいぞ」という人がいる。
私はビーチに行っても結局本を読んで過ごすことになるだろう。
「山がいいぞ」という人もいる。
景色は素晴らしいかもしれないが、運動だったらジムでやったほうが効率的だと思う。
労働の対価として得た貴重なお金もかかるし。

旅行を全然しない家で育った。
小学生3,4年生くらいの時に、家族で旅行に行った。
父親は車の中でずっと不機嫌にしており、周りの車の走行マナーに怒鳴る。
それを咎めた母親と口論をする。
挙句の果てに目的地の前にパチンコに立ち寄る始末。
改めて文字に起こすと完全に終わっている。
それ以来家族旅行は1回もしていない。

家族旅行は懲り懲りだったが、青年期には旅人に憧れた。
高校の時に担任だった英語教師(教員という職業の人間で私がただ一人尊敬する人物だ)の薦めで沢木耕太郎の深夜特急を読んだ。
いつかは私もこんな旅をしたいと思った。
明らかに本書に触発されて、後にタイ、カンボジア、マレーシア、シンガポールを1ヶ月弱かけて旅をした。

小学生時代にスーパーファミコンの『ガイア幻想紀』という作品にはまった。
『ソウルブレイダー』(これも大好きだった)と『天地創造』と併せてクインテット三部作と呼ばれる作品群の2作目だ。
ジャンルはアクションRPGで、異世界が舞台だが、アンコール・ワットやピラミッドなど、実在の遺跡をモチーフとしたダンジョンを旅する
無感動な私も悠久の時を経た遺跡には胸が踊った。
スケールの大きさに圧倒されるし、長年残っている遺跡との対比で有限の自分という個体を客観視出来る点が好きだ。
アンコール・ワットは先に述べたインドシナ半島の旅で最優先の目的地として訪れた。
また、ガイアには出てこないのだがジャワ島のボロブドゥールも後に訪れた。

つまるところ、私は生き方としての旅人に憧れたのだ。
世界を見聞することに興味がないわけではないが、それ以上に旅人の持つ自由を好んでいたのだ。
見知らぬ土地で言葉もあまり通じない中で食事や宿を求めることがしたかったわけではない。
やりたいことがあれば身軽に動けるのが理想だが、やることが明確な状況下では、いったんベースとなる拠点を作るのが私の居心地の良いスタイルなのだと思う。
娯楽としての旅行で考えると、アンコール・ワットとボロブドゥールは訪れることが出来たので、後はウユニ塩湖と聖家族教会を訪れてみたい。



劇的紀行 深夜特急 [DVD]
大沢たかお
ソニー・ミュージックディストリビューション
2002-03-20



自然災害が発生した時は、せいぜい数千円から1万円の範囲だが寄付をしている。
最初にやったのは東日本大震災の時だった。
ケチな自分にしては珍しいのだが、それ以外に何も出来ない自分に憤りを感じての行動だ。

この話を当時の職場の人間や生家の家族にしたら驚かれた。
みな口をそろえて、「もうちょっと余裕があればしたいのだけれど」と言っていた。
この言葉に嘘は無いのだろう。
彼らには自分と違って養うべき家族がいるし、差し迫った老後への不安がある。

だが、現代社会に生きる我々にとって、よほどエッジの効いた生き方をしているのでもない限り、生活に「余裕」が出来ることはありえない。
高齢社会の現代においては、平均的に生きているだけでは自分の所得により老後の安定を確約するだけの資産は築けない。
「自分の老後の安定を確保した上で、それでも余裕があれば他人に施す」という考え方だと、大多数の人間は生涯他人に施すほどの余裕は生まれないのだ。

所得の再分配は国家の機能である。
寄付や慈善活動はやりたいやつが自分の満足のためだけにすればいいと思う。
ただ、自分の吝嗇と向かい合うことをせず、「余裕が無い」の一言で片付けることにも疑問を感じたのだ。

沢木耕太郎の深夜特急で、シルクロードのあたりで乗り合わせたオランダの青年のエピソードが書かれている。
その青年は無一文に近かった。
なけなしの金を前払いして、中央アジアから欧州まで走る長距離バスに乗り込んだ。
食事休憩の時も飯を食わずチャイを飲むだけ。
ただ、同乗者に勧められればありがたく食事をごちそうになる。
そのような旅人だった。
そんな無一文な旅人が、ある日現地の物乞いの少年少女に施しをせがまれる。
旅人は、おそらく彼の全財産である硬貨を手のひらに広げ、その場にいた2人の少年少女と彼で等分した。
筆者はそれに衝撃を受ける。
自分は、長い旅の途中であるがゆえに、節約する必要から物乞いに施しをしなかった。
だがそれは、結局のところ自分の吝嗇に理由をつけていただけなのではないか、と。

寄付なんてしたい人だけがすればいい。
だが、吝嗇と向き合うことを、どうか避けないで欲しい。
人類の成し遂げたイノベーションの多くが、有限のリソースの配分を考える時に生まれてきたのではないだろうか。


※『深夜特急は』文庫だと6分冊ですが、下の全集版だと1冊にまとまっています。
私は最初に文庫で読み、本書の刊行にあたってこれも買いました。
本編の原型にあたる『深夜特急ノート』も収録されています。


 

タイトル:チェーン・スモーキング
著者:沢木耕太郎
出版社:新潮社(新潮文庫)

先日帰郷した折に読み返してみた。
たぶん、10年前に読んだ本なのだが、全く中身を覚えていなかった。
唯一覚えていたのが、後書きで語られていたタイトルの由来についてだ。
この、タイトルにはあまり意味はなく、沢木氏をはじめ本書に関わった人間は皆タバコを吸わないとのことだ。
言葉の響きと、煙草を吸わない人間達が『チェーン・スモーキング』というタイトルの本を作るというひねくれた行為に惹かれたと書かれている。
確か、『深夜特急』でも東南アジアか中東のあたりで、「煙草持ってないか」と聞かれて「吸わないんだ」と答えるシーンがあった。

わざわざ紹介しておいてなんなのだが、基本的に毒にも薬にもならないならないエッセイ集だ。
ただ、テンポの良い文章と、なんでもないような出来事・物事を切り取ってまとまりのある文章にに仕上げる技量は著者ならではである。
2篇について触れたい。

◯タクシードライバー東京編

乗り合わせたタクシードライバーとのエピソードで話が進んでいく。
その中で、あるタクシードライバーの
「子は3歳までにの可愛さで、親への恩は返している。そのあとのことで親孝行だの親不孝だの言う筋合いは無い。」
という言が出てくる。
以前に、友人が別の知人から聞いた話としてこれと同じ趣旨のことを言っていて、「どこかで聞いたことがあるな」と、その時は思った。
私も忘れていたのだが、読み返してみたら本書であった。
どうやら大本の出典はこのドライバー氏ではなく、安部譲二氏の「塀の中の懲りない面々」という小説であるとのこと。

なお、私自身はタクシーは滅多なことがない限り乗らない。
一番の理由はケチだからだ。
お金が節約できるのであれば、歩くのも電車で立っているのも苦ではない。
行き先を伝えるのが面倒だというのも大きい。
電車やバスにのるときにも行き先を伝えなければならないとしたら、もっとタクシーを使うかもしれない。
会社の忘年会等で会場に行くときも、タクシーは苦手なので電車で行く、と言って単独行動をしている。
こう言えるようになってからすごく楽になった。

◯君だけが知っている

書物の冒頭の献辞への疑問から論が展開する。
私も常々、「なんでまた誰も彼も、本を書くと誰かに捧げたがるのかね」と疑問だった。
本邦では、これみよがしに冒頭に載せるよりも、まえがきやあとがきの最後に、執筆に関わった人に謝辞を述べるものが多いように思う。
編集者や意見交換を行った相手の名前を挙げて、最後に家族へとする紋切り型が多いように思う。
Who knows why?
 

 

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