帰ってきたマイナス思考に自信ニキ

他人の言うことに流されたり傷ついたりしないで、自分の頭で考えて生きていきたい。

タグ:生き難さ

『ぼくはお金を使わずに生きることにした』を読んでいて思ったことだ。
著者のマーク・ボイルは、食い物や環境負荷について結構なこだわりがある人間のようだ。
オーガニックの野菜にこだわりがあり、サプリメントの使用は論外だと言う。

対象的に、私は生活にかかる費用は安ければ安いだけ良いという主義だ。
食事であれば、安価な炭水化物で空腹を紛らわして、不足するビタミンとミネラルは安価で簡便なサプリメントで補えば良いと考えている。
食事だけでなく、衣食住のような生命の維持にかかる出費は現代人にとって呪いのようなものだと考えている。
それらにかかる費用を最小限に抑えれば、それだけ理不尽な労働から逃れられる。
人生の切り売りから解放される。
望んでもいないのにこの世に生を受け、労働により糧を得なければ生命を維持できない。
労働への憎悪が、生命と生活への憎悪につながっているのだ。
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先日、永田カビさんの『さびしすぎてレズ風俗に生きましたレポ』を読んだ。
レズ風俗に関する内容は後ろの半分くらいで、前半は著者の生い立ちや病んでしまった経験が書かれている。
私もうつ体質なので共感しながら読んだ。
著者は今Pixivコミックで『一人交換日記』という連載を持っていて、そちらも併せて読んだ。
(リンク:一人交換日記) 
少なからず問題がある家庭のようで、母親に対する思いは自分と似たようなところがあるような気がした。
掲題の通り、私には「母親は自分のせいで不幸になったという負い目」があるのだ。

私の家族の問題

父親は気に入らないことがあると怒鳴り散らす暴君だった。
風呂場で石鹸がない、物が壊れた、野良猫が五月蝿い、そのようなことも家族の責任であるかのように怒号をあげた。
息子の目から見て、この人は学問でも仕事でも優れた成果をあげたわけではない。
にもかかわらず他人を見下しており、自分が他者より高い場所にいるような振る舞いをした。
幽遊白書で、玄海師範が魔族になった幽助に向かって「人はだれでも自分の意志で壊せるものがある。あんたはそれが他人より大きいだけだ。」という旨のことを言って、突き放しつつもなぐさめる場面がある。
父親にとって「家庭」とは、自分の意志で壊せる小宇宙だったのだろう。
それは中心にいない者達にとっては地獄だ。
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これまで「生まれてこなければよかった」というテーマで2つ記事を書いた。

この2つは、当ブログの中でも検索エンジンから見に来ていただく方が多い記事だ。
こんな過疎ブログでも、「生まれてこなければよかった」で検索するとGoogleの5ページ目に出てくる。
(以前は2ページ目に出てきてたんですよ。下がって結構ショック。)
生き難さを感じた人が陥りやすい感覚でありながら、あまり口(文字)に出して言う人が少ない言葉なのかもしれない。

「生まれてこなければよかった」 という言葉は、「生まれてきたことは悲劇で、しかもそれは自分の意志ではなく親の都合である」という、責任の所在を親に求めるスタンスを内包している。
最近、思うところが2つあった。

他者転嫁の効用と限界

9月下旬に一人の青年が自分の自殺をUstreamで配信した。
大手メディアでは取り上げられていなかったようだが、ネットの一部で話題になった。
青年は、自身のホームページに彼の人生に関する情報を結構な分量で書き残していた
そこでは、問題のある家庭で育ったことや、母親への呪詛が語られている。
(興味のある方は「ケンモメン 自殺」で検索してみてください。気持ちのよい話ではないので苦手な方は読まないほうが良いです。)
青年の過酷な家庭環境には胸が痛くなった。
だがその一方で、自分が人生を楽しめない理由をあまねく外部環境に転嫁していることについて気が滅入ってしまった。
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こちらの記事でも書いたように、私の酒の飲み方は依存症的だ。
アルコールは安易な快楽
毎晩飲んでるけど酒なんて大嫌いだ
その他「アルコール依存」カテゴリの記事はこちら

美味いから飲んでいるわけではなくて、嫌なことを忘れるため万能感を味わうために飲んでいる。
療養生活に入って最大の誤算だったのは、酒をやめられなかったことだ。
会社生活が私の人生の困難さの根源で、それから距離を置けばアルコールは不要になると考えていたのだが、そう簡単な話では無かったのだ。
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昔と比べると、現代に生きる我々は、他人がどのように生活しているかを知ることが容易になった。
20年前はもとより、10年前まではここまで瞬時に他人の生活に関する情報にアクセスできなかったように思う。
インターネットは普及していたが、ネット上のコンテンツがここまで多くなかったからだ。
自分のリアルな知り合いに関する情報と芸能人のゴシップを除けば、他人に何があったかなんてほとんど気にしないで生きていたんじゃないだろうか。 

掲示板やニュースサイトで、生涯未婚率の上昇や交際相手のいない人間の割合が増えているというトピックがあると、以下のようなコメントが付くことがある。
「他人の生活に関する情報が広がりすぎたからだ。」
なんとも深い洞察だ。
言われてみれば、思い当たるコンテンツが2つある。
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人間は社会的な生き物だ。
ゆえに、自分の苦悩を誰かに知ってほしい、共感して欲しいと思う。
カウンセリングや自助会で誰かに話すだけで、気持ちが整理されて楽になることもある。
その一方で、自分の苦悩は自分のオリジナルなものだと考えている。
他人と同じだと思われたくない。
また、自分の苦悩や不幸は、他人のものよりも深く難解だと考えている。
そのため、自分について簡単にわかったようなことを言われると腹が立つ。

思うところがあってこのようなことを考えていたら、2つの言葉を思い出した。
いい年してこんな青年の心境に共感するのはかっこ悪いなぁ、と思うのだが、どうか聞いて欲しい。
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金持ちの家に産まれた人間が憎い。
仲の良い家庭に生まれた人間が憎い。
家族や友人や教師から肯定されて育った人間が憎い。
人と話すことが好きな人間が憎い。
他人を信頼できる人間が憎い。
自分に自信のある人間が憎い。
毎日の仕事が楽しいと感じる人間が憎い

どうして自分は幸福ではないのだろう、とよく考える。
私の不幸の源泉は、上に挙げたような憎たらしい人間の持つ要素を持っていないからだ。
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